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大阪地方裁判所 昭和43年(ワ)142号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕二、示談成立の抗弁について

(一) <証拠>を総合すると次の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

原告は、本件事故当時大阪において自動車の販売と修理を業とする有限会社桃谷自動車工業所を経営していたものであり、また被害車は六六年式フォードムスタングの中古車(既走行距跡六、〇〇〇キロ未満)であつて、本件事故当日、原告は同車を東京所在の訴外デトロイトオートモビル商会こと中島慶三に売却すべく同車を運転して東京へ赴く途中、本件追突事故に遭つて同車の左後部、フレームおよびトランクが陥没しそのためトランクの蓋を密閉しえなくなる等の損傷を受けた。原告は島田警察での取調と付近の病院での簡単な治療を受けた後、その日のうちに被告会社の従業員が原告に代つて運転する被害車に同乗して東京の被告会社の本社に赴き、同会社に対し破損した同車の買取り方を要求した。そして原告は、当時頭痛や頸部痛を訴えるなどある程度むち打ち症状が出ていたが、そのくわしい原因、程度、要治療期間等はいまだ定まらない状況ではあつたが、年末でもありその経営する会社が金銭に窮していて被害車の売買代金を従業員のボーナスの支払い等に当てる予定にしていた関係で、示談交渉を急いだ結果、事故から二日後の昭和四一年一二月二六日、結局訴外中島が被害車を買取るとの前提のもとに、被告らとの間でほぼ次の内容の示談契約が締結された。(「 」内はその時作成された契約書の文言のとおり。)

1、被告会社は「破損した大3す2848(フオードムスタンク)車の損害金」一二〇万円と事故当日から支払に至るまでの間の商業上の慣例による利子を訴外中島に支払う。右支払期日は昭和四二年一月末日とする。

2、なお原告の「本件事故の負傷治療費も支払う。」

3、「その余の要求は相互にしない。」

(二)、被告らは本件示談契約第一項の一二〇万円の中には被害車の修理代の他に休業補償費、慰藉料その他治療費を除く一切の損害賠償金が含まれていると主張しているので右第一項の趣旨について判断する。なるほど右認定事実によると被害車の破損の程度は比較的軽微で、修理さえすれば、乗用車として充分使用しうるものであつたことがうかがわれ、このことだけから見るとたしかに一二〇万円は物損としては高額にすぎ、被告らの主張を首肯しうるかに思われる。しかしながら、右認定事実によれば被害車はストーマさを誇る外車であるからその修理代金は比較的高くつくことが推認できるばかりでなく、同車は原告が自家用に供していたものではなく、商品であつたがために破損によつて修理代金ではまかなえないかなりの商品価値の低下があつたとうかがわれることなどから同車の物損はかなりの高額にのぼつたと推認できる。また他方原告自身の受傷に基因する損害(以下、人損という)については契約時においてはこれを正確に把握しえない状況にあつたこと、一二〇万円は原告本人に支払われるのではなく、第三者である訴外中島に支払われることが予定されていたこと、および契約書の文書は「大3す2848(フォードムスタンク)車の損害金」となつていることは前認定のとおりである。これらの事実を総合すれば、右契約第一項の趣旨はあくまで被害車の物損について規定したもので人損についてはこれに含まれていないと解することが相当である。

(三)、そこで、本件示談契約の効力の及ぶ範囲について考えてみる。本件示談契約を文字通り解すれば、原告は被告らに対し、人損については治療費以外のその他の損害、たとえば逸失利益、慰藉料等は一切請求しえないこととなる。しかし、およそ法律行為の解釈にあつては、契約書の形式的な文言だけによることなく、当該契約の性格、契約当時の事情等を総合して合理的客観的な解釈をすべきである。しからば本件契約についてみるに右認定事実によると、

1 当時、原告は被害車を早急に換金する必要にかられていたにもかかわらず、事故による破損によつてそれが困難な状況におち入つたため、人損についてのことはあまり念頭になく物損についての交渉に集中していたこと、

2、契約書の作成された当日(事故の二日後)の時点においては、原告の負傷についていまだ確たる診断自体もなされておらず、したがつて人損についてはこれを正確に把握しがたい段階にあつたこと、

3、したがつて本件契約の内容も物損については金額も特定し、全体的にくわしく決められている反面人損については金額を特定しえずただ漠然と「治療費も支払う」と定められているにすぎないこと、

が認められる。これら本件示談契約締結に至る事情およびその内容に加えて

4、示談契約は本来、裁判によらない当事者間での一括解決を図るものであり、被害者にとつては一定金額以上については権利放棄の効力を有する重大な意味をもつものであるから、内容的にあとで疑義の起らぬよう明確、一義的に特定されることが本質的に要請されていること

を併わせ考慮するならば、本件示談契約は物損について定めたもので、人損については目的外であつてその効力が及ばないと解することがもつとも客観的かつ合理的である。

そうすると、本件において原告は人損についてのみ請求しているので、右示談契約と関りなくこれを判断できることとなる。(本井巽 斎藤光世 伊東武是)

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